海外進出も視野に!「豊かな暮らし」を叶える狭小住宅の可能性とは。
海外進出も視野に!「豊かな暮らし」を叶える狭小住宅の可能性とは。

「東京の暮らしを変える。」をビジョンに、狭小地や変形地などの難しい家づくりに挑戦してきたアース。LIXILメンバーズコンテストでは、2018年に「7坪のZEH」で大賞を受賞しています。その原点をひもとくと、もともと内装業を営んでいた家業を受け継ぎ、リフォームや新築事業へ飛び込んでいった大きな転換期がありました。これまでさまざまな道を切り拓いてきた代表取締役の橋本雅志さんに、その軌跡と今後の構想をうかがいます。
#狭小住宅 #理念経営 #大工育成 #価値観のマッチング
多額の負債を乗り越え、理念を追う新たなステージへ
「実は、受け継いだ父の会社にはバブル期からの4億円を超える負債がありました。これを返していくには、それまで営んでいた内装業だけでは難しい。そこでリフォーム事業や新築事業にも参入することを決意したんです」
そう語るのは、東京の江戸川区を拠点にリフォームや新築を手がけるアースの代表取締役、橋本雅志さん。この業界に初めて携わったのは、学校卒業後、家業の内装業を手伝ったときだといいます。「クロス張りから、床から、全部ひと通りやっていました」。そんなリアルな現場を知る職人としての視点も、今に生きているようです。
ただ、もともと家業を継ぐつもりはなく、その後20代のうちは10種類以上の他業種を経験。最後はすし職人になることまで考えたそうですが、再びこの業界に縁があり、住宅リフォームを手がける会社に入社しました。そこで改めて家づくりの面白さを感じ、家業へ戻ることを決めたそうです。
「結婚を機に家へ戻り、面白さを感じていたリフォーム事業と、新たに新築事業も始めました。でも、最初は何のために仕事をしているかといえば、『負債を返したい』という思いが強くて。それが仕事をしていてすごく嫌だったんですよね」
ほぼ独学で新築の家づくりを学び、お施主様一人ひとりの思いを形にしていくことで家づくりのノウハウを磨いていったという橋本さん。「お施主様は先生」だといいます。始めた頃は仕事を楽しむ余裕などなかったそうですが、とある研修への参加が、そのベクトルを大きく変えることになりました。
「今でも私のメンターなのですが、その方が私に言ったんです。『今日は260円のうどんを食べたけれど、この一杯のうどんを自分でいちからつくろうと思ったら、何億円かかって、何年かかると思う?』って。そのときに、自分は何のために仕事をするのかを改めて見つめ直したんです」
お客様の家や暮らしをつくることを通じて、喜びをつくりたい──。その思いに、自分で初めて気づいた瞬間でした。そのまま「喜びを創る
私たちは、志をもって行動し、社会に貢献します」を経営理念とし、改めて会社を創業し直すことに。それが、今のアースの原点です。
「それから会社を24年間やってきましたが、これだけは絶対だなと思うのは、『会社は言葉を尊んだ通りになる』ということです。どの言葉を尊ぶかで、会社は変わっていくものだと感じます」
プロフェッショナルとして真摯に応える「一棟入魂」
改めて創業し、新築事業に邁進したアースは、それから2年ほどでトータルハウジング大賞(現・LIXILメンバーズコンテスト)の新築部門でTH大賞を受賞。早くもその設計力が高く評価されるようになりました。

ただ、そんな中で橋本さんがアースの家づくりの在り方を見直すきっかけとなった、忘れられない出来事もありました。
「その地域にすごくいい家が建って、まわりからも絶賛されていたのですが、お施主様にお引き渡しをしたときに目の前でぼろぼろ泣かれたんです」
最初は家が完成した喜びの涙かと思ったら、そうではなかった。「もっと橋本さんと一緒に家づくりができると思っていた」と涙を流すお施主様。一生に何度もない家づくりの期待や想いに応えられなかった。
「そのときに思ったのは、家づくりって契約の時にまず気持ちが上がって、工事が始まると下がって、また上がって、最後にお引き渡しのときにはまたぴょんと上がる、そんな変遷をたどるんですよね。でも、それが契約からお引き渡しまでずっと上がり続けるような家づくりができないかなと思ったんです」
そこで社員と改めて考えたのは、「私たちは何業なんだろう?」ということでした。出した答えは、建築業ではなく「感動と喜びの住まいづくり業」です。
「私たちは感動をつくるということに、ものすごくこだわりました」という橋本さん。家づくりの過程やご家族の思い出を一本の映像にまとめる「フォトシネマ」づくりも、今でこそいろいろな工務店で取り入れられていますが、実はアースが先駆けて考案したものです。その下準備は、工事のキックオフを行う「入魂式」から始まるのだとか。
「入魂式では協力業者が全員集まって、それぞれがお施主様にメッセージカードを用意します。それから奥様から旦那様へ、サプライズで感謝の言葉をいただくんです。工事が始まれば、そのプロセスでお施主様と一緒につくる、共創するような機会もつくっていきます」
そうしたさまざまなプロセスを、映像や写真で記録しながら進むアースの家づくり。引っ越しもお手伝いしながら、そのタイミングで奥様には内緒で旦那様からご家族のアルバムをお借りするそう。同時に、奥様へのメッセージもサプライズで撮らせてもらうといいます。
「お借りしたプライベートな写真も交えながら、家が完成するまでのプロセスの記録と旦那様のメッセージ、そこへ音楽もあわせて、フォトシネマは完成します。それをお引き渡しの時にサプライズで上映するんですよ。最後に旦那様からの『ありがとう』のメッセージを聞いて、奥様はみなさん号泣されます」
そのほか、毎回つくる設計の模型箱に、お子さんが好きなキャラクターの世界観を取り入れるなど、7名ほどの社員で本当に骨身を削りながら、丹精を込めて「感動」をつくっていたといいます。
「お客様がよろこんで泣いてくれる……こんなにうれしいことって、ないじゃないですか。だからそこでみんな、仕事の自己重要感が満たされているところがあった。ただ、どこかで、自分たちがプロフェッショナルじゃないから『感動』でごまかしているような、そんな違和感もあったんです。当時もすごく面白い、いい家はつくっていたんですけれどね」
感動を演出するだけじゃなく、もっと家づくりを牽引するプロフェッショナルな部分も出していったほうが良いのではないか──。その問題意識から、またアースは新たな言葉を掲げることになりました。
それが、「一棟入魂」という社是です。この一棟に、魂を込めて家づくりにあたろうというプロフェッショナルとしての心構え。そこからまた、アースは設計図書の拡充やCAD・積算の改善など、具体的な基盤の強化をしていくこととなりました。
コンパクトで豊かな暮らしを叶えた「7坪のZEH」が大賞に
「一棟入魂」を胸に、よりプロフェッショナルな会社を目指し始めたアース。首都圏の大手住宅情報誌への掲載を始めたことで、また大きな気づきがありました。
「当時、うちの成約率は100%だったんですよ。それも、紹介ではなくホームページを見て来られるお客様がほとんどでした。このお客様は決まらなそうだという方は扱わなかったところもありますが、とにかく100%。年間で6~7棟だったので、情報誌に載せればそれが倍増すると思っていたのですが……。なんてことはない、成約率が40%くらいになってしまったんです」
一棟一棟に魂を込め、模型をつくっていた中で、どんどん失注する日々。そこで自信がなくなって、今度は価格を抑えようとする。とうとう赤字に転落し、2年ほど厳しい状況が続いたといいます。
「そこで、プロモーションから何から全部変えていったんです。ホームページに掲載できるいい事例はたくさんストックがあったので、そこを見せられたのは大きかったと思います。あとは、なかなか達成できなかった『売り上げ5億』の壁を、どう超えていくか。それまでは私が営業から家づくりのベースまでをつくり、担当者に渡して設計から施工管理までを一元的に管理してもらうやり方をとっていました。でも、もっとチームになっていく必要性があるだろうと」
「一棟入魂」を掲げ、一人ひとりがプロフェッショナルを目指すほど、担当者がそれぞれの案件や問題をひとりで抱え込んでしまうところがあった一元管理体制。それに限界を感じた橋本さんは、新たな言葉を掲げることにしました。
そこで生まれたのが、「こんな暮らしがあったんだ」という言葉や、「東京の暮らしを変える」というアースの新たなビジョンです。暮らしの新たな可能性を広げ、お施主様とともに価値を創造していく姿勢は、また社の文化として根づいていくことになります。
2017年には、築38年のマンションをリノベーションした実例がLIXILメンバーズコンテストで準大賞を受賞しました。元は3LDKの間取りだったものを、スキップフロアを取り入れることで2LDK+ワークスペース+収納に。フラットな動線だったマンションのフロアにあえて段差を設けることで、段差の下部に収納空間もでき、暮らしの中に心地よいリズムが生まれました。

そして翌年の2018年には、同コンテストの新築部門で大賞を受賞。7坪という建坪の中で暮らしの可能性を存分に広げ、ZEHに挑戦したことも高く評価された実例です。

「何をもって東京の暮らしを変えるのかというところを突きつめていったときに、『コンパクトで豊かな暮らし』を叶える狭小住宅に特化しようと。そこからまたアースは転換期を迎えたと思います。会社の理念は、商品やサービスを生むきっかけになるんですよね。これまで一つひとつビジョンを立ててきたからこそ、今のアースがあるのだと思います」
お施主様とも、職人とも価値観でつながっていく未来
そうして独自の路線を築いてきたアースですが、主なエリアが東京ということもあるのか、あまり紹介で来られるお客様はいないといいます。その代わり、新規のお客様を獲得する力には自信があるそう。いわゆる地元密着型工務店とはまた違う路線で、それぞれに個性的な案件を形にしていく中で培ってきたものが、今のアースの強みになっています。
「昔からよく言われるような、『工務店は町のドクター』といった感覚は、私の中にはないんです。逆に、私たちが立てた旗に向かって来てくれたお客様とは、ずっといい関係を築いていきたい。OBのお施主様のドクターではありますが、この地域でなんでもやりますということではないんですね」
狭小地でも、そこでの豊かな暮らしをあきらめない方に来てほしいという橋本さん。その豊かさには、住宅の性能面での価値、機能的な価値、そして情緒的な価値の3つがあると考えているといいます。
「豊かな暮らしには、やっぱり性能面も欠かせません。断熱性能を高めれば、初期費用は200万、300万と高くなることもあるでしょう。でも、ランニングコストやご家族の将来の健康までを考えれば、その価値は十分にあるわけです。そういったお話もする中で、もしそこで価値観が合わなければ、残念ですが、うちでは家づくりをしないほうがいいと思っています」
コンパクトな中にも収納や家事動線に工夫をこらし、暮らしやすさにつなげる機能的な価値、また心地よさや空間の広がりを生み出す情緒の部分も大切にしています。
「視線の抜け、使う素材や造作家具の計画、光の陰影、植栽や観葉植物の取り入れ方なども含めて、『なんか気持ちいい』と感じられるような、五感に響く家づくりを目指しています。植物だって、室温などが安定しやすい高性能な住宅のほうがよく育つんですよね。人にとって快適な、人の体にやさしい家は、植物にとってもいい環境ですから。アースではいつもグリーンの提案も取り入れています」

実際にアースが得意とする都心の狭小地や変形地の注文住宅は、設計でのさまざまな工夫とともに、かかる手間も多く、現場の大工にも高い技術が求められます。
「狭小住宅って、大工の技術がないとつくれないんですよね。うちにはそれができる大工がいるわけですが、うちの家づくりは造作も多く、その技術が目に見えるので、大工にとってはすごく楽しい現場だと思いますよ」
アースがともに家づくりをしている職人も、お施主様と同じように、その考え方や目指す未来に共感して集まった仲間。職人不足が切実な問題となっているいま、橋本さんは彼らが次の世代の大工を育てられるようなサポートもしていきたいといいます。
「結局、大工は大工にしか育てられないんですよね。だから、彼らには私が経営も含めて全部教えて、工務店になってほしいと思っているんです。そうして若い大工を育てていける人が増えていかなければ、職人不足は解決していきませんから」
最近では「二人暮らし」の商標登録を取得し、共働きのDINKSやLGBTQ+、子どもが独立した後のシニア層など、これからますます需要が高まりそうな2人世帯をターゲットにした商品にも力を入れているアース。旅館業なども手がけているほか、国産材を活用したマンションリノベーションのプロジェクトや、狭小住宅に需要のある香港などへの海外展開も構想しているところです。
「日本の布団文化も、限られた住空間を昼間はリビングとして使うなど有効活用ができるので、香港などでもニーズがあるのではないかと考えています。そんなふうに人や環境、時代と融合できたら、また新しい価値をつくることもできる。新しい価値をつくることができれば、企業は永続していくと思うんです」
今掲げている言葉を大切にしながら、これからも新たな可能性を切り拓いていきたいと語る橋本さん。理念を起点に会社を創業し、それぞれの言葉に導かれながら事業を展開してきたアースは、次にどんな価値を生み出していくのか、今後も目が離せません。
【編集後記】
取材を通じて印象的だったのは、橋本さんが幾度となく「言葉」に立ち返っていた点です。「感動と喜びの住まいづくり業」「一棟入魂」──アースの歴史は、掲げた言葉によって刻まれてきました。「会社は言葉を尊んだ通りになる」という一言は、理念経営の本質を突いていると感じます。
抽象的な理念を「入魂式」や「フォトシネマ」といった具体的な仕組みに翻訳し、社員が迷わず体現できる形に落とし込む。その価値観は社内にとどまらず、お施主様や職人との関係にも伝播し、会社の「らしさ」として外部にまで広がっていきます。価格や紹介に頼らず成約を重ねてきたアースの強さは、この一貫性に支えられているのでしょう。
「何業なんだろう?」と自らに問い直し続ける姿勢は、規模を問わずすべての経営者にとって示唆に富むものであると思わずにはいられませんでした。
(N-LINK C 野口)




